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2007年01月13日
高校選手権
岩手、岡山県勢の決勝戦となり、盛岡商が初優勝した。国立競技場常連高の帝京や市船は予選で敗退し、国見や伊藤翔率いる中京大中京、全日本ユース選手権優勝の滝川二、更には昨年優勝の野洲までもが次々と姿を消し、代わって優勝候補に躍り出た八千代も終盤間際にキーパーにパンチングのミスが出て敗退してしまった。決勝戦の両校にはJリーグ入団予定の選手はおらず(作陽の村井はJからの勧誘があったと聞く)、話題性に乏しい終盤戦となった。スポーツ紙はさどかし「見出し」に困った事だろう。
評論家、記者諸氏のコメントは、「レベルが低かった、優秀な選手はJユースへ入ってしまう」と云った嘆き節である。事実、ベスト8のうち5校がJチームのない県から出ている。「大会のレベルは全日本ユース選手権の方が上」と云うのもご尤もな意見であろう。筆者の感想を率直に述べれば、「岩手が優勝しちゃ悪いのかよー」である。地元の選手だけで戦い、気候のハンデを乗り越えた盛岡商に拍手喝采である。自己の病気を克服して指導した斎藤監督の手腕と情熱ももっと賞賛されても良いだろう。
「人は見たいと思うものだけを見ようとする」のだろうが、現実に起っている事を正しく伝えることがマスコミの使命だと思う。W杯のコメントでも書いたが、もし、ユース選手権がこの世代の実力を正当に評価する場であり、有望選手発掘の場であるならば、TV放映の機会など増やすべきだろう。
2007年01月03日
天皇杯決勝戦 2007.01.01
川崎フロンターレが早々と敗退し、いささか寂しい天皇杯であった。決勝戦は順調?に浦和とG大阪の対戦となったが、浦和が主力を欠いた事もあり、戦前の予想ではG大阪が圧倒的に優勢であった。
事実予想通り、開始早々からG大阪が攻勢を掛け、再三浦和ゴールを脅かしたが、決めきれない。この傾向が最後まで続いた。G大阪の日ではなかった、と云えばそれまでだが、J1で戦ったバックスが全取っ替えされたにもかかわらず、浦和の守備がしっかりしていた点は注目される。チームとしての守備の意識が徹底していたシーズンだった、と評価したい。
後半中頃に浦和は右MFの平川に代えて長谷部をボランチとして投入し、中にいた山田を右MLへ配置した。その後、足の状態の悪そうな小野に代え俊足岡野を起用してから、流れも変わってきた。42分に長谷部が自陣でカットしたボールを前線の岡野に絶妙のパスを送り、右ペナルティ・エリア内で多少もつれたが、岡野が中に折り返し、永井が決勝点を決めた。岡野の折り返しが守備側宮本の背中に当たり、永井への頃合のパスとなった幸運にも恵まれたが、サッカーとはこういうものか、とあらためて思い知らされた場面であった。シュート数はG大阪21本に対して浦和6本であった。1006年のW杯、クラブW杯ともに、耐えて守ったところが勝ったが、天皇杯もその傾向を受け継いだようだ。
浦和は2チーム抱えるような豊富な陣容であり、ACLでも十分戦えるだろう。