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2006年06月29日
明日へのヒント
「人は見たいと思うものだけを見ようとし、見たくないものは見ないようにする」と古の賢人カエサルは言ったそうだ。前回「W杯とマスコミ」に書いた内容と同じ事を野球評論家の豊田泰光氏が、本日(6/29)の日
経新聞・スポーツ欄のコラム(チェンジアップ)に書いいる。タイトルには、「勝てる」扇動の恐さ、とあったが、流石に筆者は「扇動」とまでは言えなかった。要は贔屓の引き倒しで、視聴率アップを狙ったTV局が自ら陥った罠ではないかと思う。一次リーグで敗退した結果、決勝リーグで日本チームの雄姿を放映する事ができなくなってしまった。(とは云え、フランスのアンリが韓国戦を引分けた後、「もうフランスは世界一になる力を持っていない」とコメントしたそうだが、これは頂けない)
真のサッカー・ファンは日本が出ない決勝リーグでも徹夜で?観て世界の技と力のぶつかり合いを堪能している。イタリアVSオーストラリア戦を観て、「あーこれが日本チームだったらなー」との思いが込み上げてきたのは筆者だけだろうか。
明日へのヒントを何点か述べてみたいと思う。
イタリアは10人で守り抜き、まさにカテナティオ(閂=かんぬき)であった。英語の辞書を開いてみると、
catenateと云う単語があり、鎖でしばる、と訳されている。守りをしっかりしないと「勝てねーぞ」と多少訛りながらも、示唆しているようである。
ジーコは「敗因は体格の違い」と言って顰蹙を買ったが、決勝リーグのゴールの多くは決して高さから生まれたものではない事に気づく。ドイツの1点目は、クローゼがセンターバック二人の間に割って入り後ろからのパスを胸で巧みにキーパー前にトラップし、キーパーが弾いたところにポドルスキが飛び込んだものである。2点目もクローゼがバックス3人を引き連れて左に流れ、開いたいたところにパスを返し、またもポドルスキが蹴りこんだものである。
ポルトガルの決勝点も、ロナウドが3人に囲まれながら右前方のデコに流し、デコがグラウンダーのクロスを入れトップのパウレタが1タッチで、バックスが一瞬釣られて開いたところにパスを返し、マニッシュが決めたものである。(マニッシュが一人交わしたところは中々真似出来ないかも知れないが・・・)
ブラジルの前半ロスタイムの2点目は、カカがドリブルで上がり外側をカバーしたカフーへパス、カフーがキーパーとバックスの間に低いクロスを入れ、アドリアーノが左足の太ももあたりに当てて押し込んだものである。クロアチア戦で柳沢が右の甲で蹴って外したものと同じようなクロスであった。柳沢も太ももでも胸でも何でもいいから当てて押し込めば、逆に英雄になっていたはずだ。
カフーの動きを見て思うのだが、4バックの両サイドは先兵として切り裂くのではなく、攻撃へ厚みをつける動きが正解ではないか。オランダのロッペン、イングランドのJ・コール、ポルトガルのフィーゴにしても中盤の選手が開いて攻撃の起点になっている。サイドバックが起点になるのは無理なようだ。あくまでも攻撃に厚みをつける役割ではないか。
投稿者 北爪 正路 : 2006年06月29日 13:56